そらかげ

01.帰還の後。



気がつくと、血が飛び散った戦場にいた。
辺りにはたくさんの元は生きていた人間が動かなくなって横たわっている。
その惨劇の光景をしばらく眺めていると、
死体に囲まれた中央のほうで、小さな人影を見つけた。






返り血を浴びた、12歳くらいの男の子。






淡い色の髪も、身につけている薄汚れた服も血に汚れているが、
男の子に怪我をしている様子はなかった。


「やっぱり、悪魔の子なのよ」
「一瞬でこんなにたくさん殺せるなんて・・・・」
「気味の悪い」
「逃げなきゃ、死神よ。」


耳に入ってくる人の非難と恐怖の声。
人の気配は感じないのに、その声ははっきりと聴こえてくる。
しばらくして、男の子が顔をあげた。
返り血を浴びたきれいな顔立ちと、冷めた眸。










「あんたは、こっちの世界にきちゃ、だめだよ」










聞き覚えのある落ち着いた声と話し方。
そして冷めた鋭さの奥に見え隠れする、優しい眸。


「あなた・・・もしかして・・・・っ、」
「そうしなきゃいけないって心が言わない限り、血に染まるな」
「え、」


どういうこと、と続くはずの言葉を飲み込んだ。
その瞬間、男の子との間に強い風が吹いて、視界がぼやける。
目の前が真っ白になって、そこで意識が途絶えた。










*     *     *     *     *










目が覚めると、薄汚れた白い天井が視界に飛び込んできた。
意識がはっきりするのを待って、辺りを見渡す。








「おう。目、覚めたか」








彷徨っていた視線が、聞き覚えのある声に引き寄せられる。
自分が寝ているベットの隣に、白衣を纏った男が立っていた。


「グリード、さん・・・・?」
「大変だったなあ、おまえ。建物が崩れてきたんだって?」
「そうだっ!シキトくんは!?」


がばっと身体を起こして、叫ぶように問いかける。
あの大きな瓦礫がシキトの上に落ちてきた。
医務室には少年の姿はないが、怪我していないだろうか。


「あいつなら平気だぞ。まあ、無傷ってわけじゃないけどな」
「大怪我でもしたんですか!?」
「いや、掠り傷とかその程度」


煙草を口に咥えながら飄々と答える男に
ルシアはほっと安堵の息を吐いた。
瓦礫がたくさん落ちてきたのに掠り傷程度なんて普通なら有り得ないが
シキトはうまく避けたんだろう、と妙に納得してしまう。










「おまえ、シキトの野郎庇ったんだって?」










やるじゃん、と楽しそうに笑う男に苦笑した。
ベットが置き並ぶ部屋に、男の煙草の臭いが漂う。
医務室で煙草なんて、といつも髪をアップにした女性に叱られているのに、
彼は一向に気にしていないらしい。


「あの、わたし、どうなったんですか?」
「頭を強く打ったんだよ。気絶程度ですんだのはシキトのおかげだぞ」
「助け返されたんですね・・・・・」
「まあ、そうじゃなきゃ今頃死んでるわな」


確かにそうだ。
あの瓦礫にまともに当たっていたら死んでいた。
助けようとしたのに、逆に助けられてしまった。


「んで、あの豪雨の中おまえ担いで帰ってきたってわけ」
「はあ・・・・えっ!?」
「途中で疲れたから迎えに来いって言われたよ」


あの豪雨の日、男に電話をかけたのはシキトだった。
グリードは教会の優秀な装飾職人で、シキトとは付き合いが長い。
こうやって呼び出されることも珍しくはなかった。


「そ、そうなんですか・・・・えっと、すいません」
「いや、ルシアが謝ることねーぞ。これが俺の仕事だ」
「あの、それでシキトくんは?」
「ん?ああ・・・・」


装飾職人の男は珍しく苦笑を浮かべて
自分が座っている椅子を指差した。








「さっきまでは、ここにいたんだぜ?」








間が悪いよな、と呆れたように悪態を吐く男に
自然と口元に笑みが浮かんだ。










*     *     *     *     *










相変わらず資料で足の踏み場もない部屋に、
1人の少年と男性の姿があった。






「ごくろうだったな、シキト」






白髪混じりの司令官の言葉にシキトは表情をしかめる。
不機嫌さを隠そうともしない少年に司令官・マルゴは明るい笑みを浮かべる。
司令官であるマルゴも少年との付き合いが長く、
彼を唯一嗜めることができる上官だった。


「マルゴ、おれを試したでしょ」
「なんのことかな?」
「あんたといい、レオたちといい。おれに恨みでもあるわけ?」
「まあ、なくもないな」
「・・・・・あっそ」


ソファーに腰掛けて、不貞腐れたように視線を逸らす。
珍しく子どものような彼の仕草に男は笑った。


「・・・・なに笑わってんの?」
「すまんすまん。いや、珍しいものが見れた」
「はあ?なんのこと?」
「いや、それより。どうだった、今回の任務は」


マルゴの笑いの意味が理解できず眉を寄せた少年は
男の問いかけにその皺を濃くさせた。










「死ぬかもしれない任務にしては、簡単だった。」










その言葉に男は楽しそうに笑う。
死ぬかもしれない、と彼らに言ったのはこの男だ。
でもマルゴ自身、彼らがこの任務で
命を落とすとは微塵も思っていなかった。


「だが、嘘ではないぞ」
「どこがだよ。変な暗号は出てくるし、
 謎解きしなきゃいけないし、ロボットは弱いし。
 死にそうなったのは最後の宮殿が崩れたときくらいだよ」
「でも、死にそうにはなった。嘘じゃない」
「・・・・・・」


なにが嘘じゃない、だ。
その楽しそうな笑顔を引っ込めろ。
そう言ってやりたいのを、なんとか堪えた。
最後の宮殿の倒壊だって、教えといてもらえば死ぬようなものじゃない。
この男はただ楽しんでただけだ。
危険な任務に立ち向かう分だけ、絆は深くなるから。












「シキト、今回のパートナーは気に入ったか?」












マルゴはからかうような笑顔を引っ込めて
父親のような優しい笑顔を浮かべて少年に訊いた。
その笑顔にシキトの眸が一瞬、見開かれる。


「おまえはスパルタだから。その鍛え方は間違ってはいないが、
 それではパートナーとの絆は深まらん」
「・・・・・・」
「今回の任務ですこしは絆が生まれたか?」


危険な任務であるほど、仲間は協力し助け合う。
深く関わり、お互いに想うものが、感じるものが生まれる。
お互いを理解することで、信頼は生まれ絆は深まる。
これは昔、この男に教えられたことだ。









何よりも、自分のことを差し置いてでも
護りたいと想う信頼できる仲間を造れ。









それが人生の永遠の財産になるから。
そのときも、マルゴは優しい笑みを浮かべていた。
マルゴの笑顔が灰色の眸の少女と重なった。
気が弱いくせに、急に強い意志を眸に宿す不思議なパートナー。
シキトは眸を閉じて、吐き出すように息を吐く。


「・・・・悪くないよ」
「それはシキトにとって、とても良い、ということだな?」
「それは言いすぎだけどね。」
「よかったな、シキト」
「・・・・おれ、もう行くよ」


マルゴの資料が積み重なった机の上には
宮殿で取って来た悪魔と呼ばれる水晶が乗っている。
本当はこれを届けるだけのために来たのだ。
もうこの部屋に用はない。


「じゃね、また来るよ」
「そうか。ルシア・カーネーションによろしく伝えてくれ」
「覚えてたらね」


マルゴの言葉を背に受けて、
淡い色の髪の少年は司令室から姿を消した。
閉じられた扉を見つめて、男は息を吐く。










「これ以上、おまえが傷付かないことを祈ってるよ、シキト」










マルゴ以外誰もいない部屋に、
その言葉は虚しく響いた。














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