そらかげ

09.満月の問いかけ。



それはまだ、教会に入団する前。
赤く飛び散る血と、ゆっくり倒れる家族を見た。








なにが起こったのか、わからなかった。








両親がすぐ、動かなくなって。
銃口が、自分に向いたのがわかった。
引き金にかけた指に力が入る。






あー、自分はここで死ぬんだ。






頭のどこか、冷静なところでそう思った。
ぼうとした眸で銃口を見つめて。
引き金が引かれるのを、ただ待った。
両親と同じように、呼吸をすることもなく、動かなくなる。
そのことにただ怯えて、逃げることができなかった。









でも、いつまで経っても銃声が聞こえてこない。









いつの間にか閉じていた眸をあけると。
そこには光が照っていて、その中に、1人の人影があった。










*     *     *     *     *










撃っても撃っても、ロボットはぜんぜん倒れない。
魂があるかのように、頭を撃っても心臓を撃っても、効果はなかった。


「ど、どうしよ、シキトくん!」
「・・・眸。あの赤い目撃ってみて」
「は、はい!」


ロボットの攻撃を後ろに高く飛び、
空中で宙返りをして交わし、距離をとる。
着地したと同時に銃口を定め、引き金を引いた。
銃弾はまっすぐ、正確にロボットの右目を打ち抜く。
その様子を、細いナイフで応戦するだけで
一歩も動かず後方で眺めていた少年が静かに呟いた。








「・・・やっぱり」








右目を撃ち抜かれた瞬間、ロボットの動きが止まり、
左半身の制御をなくしたように、左からゆっくり倒れこんだ。
しかし右半身はまだ動くらしく、攻撃を続けようとロボットが腕を振り上げた。
そのロボットの左目に、シキトの放ったナイフが突き刺さり、
ロボットはすぐに動かなくなった。


「シキトくん、これ・・・!」
「とりあえず先に進むよ」


ほかのロボットに背を向けて少年が駆け出す。
ルシアは慌ててその後に続いた。














「ロボットの赤い眸。あれは人間でいう右脳と左脳だよ」














走りながら、隣に並んだ少女にそう言った。
シキトの言葉に少女は眉をひそめる。


「右脳は左半身を動かし、左脳は右半身を動かすってこと?」
「そう。だから右目を撃ったら左半身が動かなくなった」
「じゃ、眸を撃てばいいんだね」
「そういうこと。・・・でも、赤い光が宿るロボットか」
「どうかしたの?」


走りながら首の後ろに手を当てて考え出す少年に首をかしげた。
それに気づいたシキトが小さく溜息を吐く。


「べつにあんたに関係ないから、ロボット相手してて」
「その言い方、ムカつくなあ」


シキトの言葉に思わずムッとして、
諦めたように溜息を吐くと、少女は後ろを振り返った。
後ろにはまだロボットが次から次へと出てきて、追ってきている。
そんなに距離は離れていないが、小さな赤い眸に
狙いを定めることは、けっこう難しい。








様々な武器を使いこなす少年は、そのことを知っている。








しかし、少女の灰色の眸に。
狙いを定める銃口に、迷いはなかった。


「・・・化けるな、これ」
「え?シキトくん、なにか言った?」
「べつになにも」


シキトがすこし引きつった表情で答えると、
何かに気づいたように目を見開き、足を止めた。
それに合わせてルシアの足も止まり、
前方を振り返って、同じように目を見開いた。










「えっ、行き止まり!?」










目の前には道を塞ぐように壁が立ちはだかっていた。
左側の壁にちいさな電灯。その反対側の壁に蝋燭があって、
それぞれ違う明かりを灯している。


「・・・でっかい壁だね」
「うー、なんでだろ、道間違ったのかな?」


所々についた小さな明かりだけだったし、
道をいちいち確認しながら走る余裕もなかったから、
どこか見逃したのかもしれない。




「いや、それはないんじゃない」
「え?」




行く手を塞ぐ壁に近づいて、少年は静かにそう言った。
そこにはかすかにだが、なにか絵のようなものが記されている。
その絵を指で辿ってシキトは首の後ろに手を当てた。


「これ、壁じゃないよ」
「えっ!?」
「だって、ほら。真ん中に筋入ってる。」
「筋・・・?」


少年の隣に並んで、壁をよく見てみると、
確かにうっすら筋が入っている。











「これ、扉だよ。」











一歩後ろに下がって、扉全体を眺めて少年はそう言った。
そんなシキトを振り返って
彼の頭の回転の速さに圧倒されるように押し黙った。


「なにか仕掛けがあるんだ」
「・・・仕掛け?」
「文章にあった「罪なる罠」ってたぶんこれのことだよ」


少年の言葉に、ルシアも一歩下がってまじまじと扉を見上げた。
扉に彫られた絵は、ずいぶん昔のものらしく、
ほとんど擦り切れていて、なにを描いたのかわからなかった。


「・・・月、かな?」
「え、なにが」
「ほら、真ん中の黄色の丸い絵!あれ、きっと満月だよ!」


ただ、夜の風景を描いてあることだけはわかった。
色あせている周りの絵と違い、
一番上に描かれた黄色の丸い球だけがはっきり見えたから。













「月の足跡を追うべし・・・ね」













どこか楽しそうな表情を浮かべる少年に、
自然と少女の表情も緩んだ。


「なに笑ってんの?」
「あ、えっと、楽しそうだな、と思って」
「はあ?任務なのに楽しいわけないじゃん」


怪訝そうに顔をしかめる少年に、ルシアは黙って笑みを浮かべる。
そんな彼女に溜息を吐いて、シキトはまた壁と向かい合った。








と、そのとき。
距離を突き放したはずのロボットの規則正しい足音が、 2人の耳に届いた。














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