そらかげ

10.背負うもの。



振り返ると、すぐ近くまでロボットが迫ってきていた。
赤い眸がぎらぎら光って見えて、思わずルシアは一歩後退ざった。
規則正しい足音で、今まで以上の数のロボットが近づいてくる。


「シ、シキトくんっ!」
「まったく、まだなぞなぞも解けてないのに」
「・・・・なぞなぞなんて可愛いものじゃないと思う」
「仕方ないなあ」


そう言うと、シキトはルシアを庇うように後ろに追いやって、
無数のロボットを向かい合った。
どこに隠してあるのか、武器を取り出して、
鋭い琥珀色の眸を、ロボットに向ける。










「あんましつこいと、嫌われるよ?」










その口に不適な笑みを浮かべて。
シキトはロボットたちに向かって足を踏み出し、次の瞬間。


「・・・・すごい」
「まあ、弱点はわかってるからね」


疾風のごとくロボットたちの間を駆け抜け、
気づいたときにはシキトの左手で放ったナイフが、右手に持った剣が、
ロボットの赤い眸に突き刺さっていた。








これが教会最強の武器職人。








そんな人間離れしたことをやってのけておきながら、
息すら切れず、さも当然のような涼しい表情で、少年はまた扉と向かい合った。


「・・・・初めて見たかも」
「ん?なにが?」
「シキトくんが本気だしたところ」
「なんの話?」
「さっきの、本気だったよね?すごかったもんね?」
「・・・・そんなわけないじゃん」


なめてんの?
と眉をひそめられて、表情が引きつる。
もう、あれでじゅうぶんだと思う。












「赤く光る眸、月の足跡、月光・・・・ふうん」












壁に描かれた月とロボットの潰れた眸を見比べて、
シキトが面白そうな笑みを浮かべて呟いた。


「ど、どうかしたの?」
「たぶん光だよ。ちょっとロボットの目、とって」
「えっ!?く、砕けてるよ?」
「いいから、欠片とって。で、ライトの光当ててみて」


シキトに言われるままに落ちているロボットの
赤い眸の欠片を拾い上げて、懐中電灯の光を当てる。
すると光が反射するように四方八方に赤い光が浮かび上がった。
レーザーのように飛び散った光は
やがて一つの赤い光の筋へと姿を変える。


「すごい、魔法みたい・・・・」
「それを扉の月にあてて」


言われるがままに、描かれた月に赤い光を当てる。
その瞬間、宮殿が大きく揺れだし、行く手を塞いでいた壁が、
真ん中の筋のところから別れ、ゆっくりと開いた。








目の前に、大きな道が続いていた。








砂埃の舞う中、黒い闇に包まれた口が大きく姿を現した。
シキトは満足そうに、にやりと微笑む。


「さて、行きますか」
「・・・・ま、待って、心の準備が、」
「必要ナシ」


あまりの闇に怯え表情を引きつかせる少女を無視して、
琥珀色の眸の少年が足を踏み出した。










*     *     *     *     *










薄暗い道を歩きながら、シキトはマリアの店を訪れた
教会の上層部の1人である男を思い出していた。






底冷えする冷たい眸。






あのマリアが可哀想なくらい怯えていた。
その眸の奥になにを隠し、なにを企んでいるのか。
あまり宜しくないことは確かだが。


「・・・・ムカつく」
「え、どうしたのシキトくん!?」


独り言のつもりで呟いたはずが、
少女の耳に入ったようで、動揺する声が聞こえた。
いつも、あんたには関係ない、て言ってるのに。


「なんでもない」
「?・・・そういえば、今日マリアさん元気なかったね」
「そう?」
「うん、笑顔引きつってた気がする」
「ふうん・・・・」


昨日の今日で、調子が元に戻るはずがない。
マリアは意外と相手を威圧し、支配するような人に弱い。
普段は気の強い女性だが、そういった人を目の前にすると、
まるで仔犬のように震え、怯えてしまう。


「・・・・マリアちゃんも、いろいろあるんだよ」
「そうだね、人間だものね」
「そいうこと。おれもあんたも、レオもティスタも。
それぞれ、いろいろあるよ」
「・・・・そうだよ、ね」


最後の相槌が、すこし悲しそうに聞こえて、
視線だけで少女を覗き込む。
しかし、少女は意外とまっすぐ前を見つめていて。
でもルシアの灰色の眸は、
こことは違うものを見つめている気がした。










「ね、シキトくんとレオくんはどうやって知り合ったの?」










唐突な彼女の問いかけに、少年は目を見開く。
一難去って、どうやらすこし気が抜けたらしい。


「どうって・・・・」
「武器職人と守護職人の組み合わせって珍しいよね」
「べつに、そんなんじゃないよ」
「ねえ、教えて?」
「任務が一緒になったんだよ、それだけ」


武器と守護が同じ任務に就くなんてこと、あるの?
口には出さずに、首をかしげると少年は溜息を吐いた。


「レオは器用でなんでもできる天才なんだ」
「そ、そうなの!?」
「だから、こっちの任務に借り出されたんだよ」
「へ、へえ・・・・」
「人数が足りなかったからね」


そんなこともあるんだ。
出会ったばかりの2人って、想像できない。
初めは口喧嘩してたんじゃないかな。
なんとなく、そう思った。








レオだって、意外と自我が強いし。








睨みあってる2人が容易に思い浮かべて口元が緩む。
それと同時に、栗色の髪の少女を思い出した。
シキトを嫌い、睨みつけていた守護職人の明るい少女。


「ティスタさんは、」
「今日はやけに質問するね」
「えっ!?・・・・だめ、かな・・・」
「は?なんで?」


消えていきそうな彼女の声に、目を見開いた。
不安そうに俯く少女に、シキトが困惑した表情を浮かべる。
だめ、とかそういう意味じゃなくて、
ただ、珍しいな、て思っただけなんだけど。


「べつに質問くらい、答えるけど」
「ほんとにっ!?」
「なに、どうかしたの?」
「だってっ、言いたくないのかな、て思ってたから」
「・・・・なんで?」
「だって、シキトくん、自分のこと全然話してくれないし・・・・」
「確かに、言いたくないことは言わないけど、
聞かれてもないことを自分から話すのもおかしくない?」


相手が知りたいのかもわからないのに、
自分のことをぺらぺら話すほど、自分はオープンな人間じゃない。
でも、聞かれたら普通に答える。
答えられる相手と内容なら。
ずっと、そうやって人と関わってきたつもりなんだけど。


「じゃ、わたし、シキトくんのこと、 シキトくんに聞いてもいいの?」
「他に誰に聞くって言うの」
「だ、だって・・・っ!」


若干涙目で必死になっているルシアに、
少年を首の後ろに手を当てて、頭を悩ませた。
いつものことだけど、今日のルシアは特に意味がわからない。
なにをそこまで不安になることがあるんだろう。














「自分の知らないところで探られるより、直接聞かれたほうがいいよ」














深い溜息と同時に吐き出した言葉に、
不安そうに揺れていた灰色の眸が驚きに見開かれた。


「え、なに?」
「それっ、レオくんも同じこと言ってたよ」
「は?レオがどうしたの?」
「・・・・ううん、なんでもない」
「意味わかんないなー」


そう呟いて、不貞腐れたように眉を寄せる。
そんな彼にルシアは笑みを浮かべた。
まあ、いいや。
泣かれるよりはマシだし。
わけがわからないのは、いつものことだし。








「くだらないこと言ってないで、集中してね」








階段を下りて、地下に辿り着いた瞬間、
空気が急に冷たくなった。
たぶん、もうすぐ目的の場所に着く。




悪魔、と呼ばれるものの元に。














next→