そらかげ

11.豪雨の夜。



黒い制服に身を包んだ友人が任務に旅立って数時間。
教会の中にある食堂で軽く食事を済ませた金髪の少年が、
退屈そうに欠伸を掻いた。


「シキトたち、いつ帰ってくんのかな?」
「さあね、どうでもいいわ」
「大丈夫かなー、ルシアちゃん」
「どうかしらね。運なさそうだし」
「ん〜・・・・」
「なに、眠いの?」


机の上に頭を預けて間延びした少年の声に、
栗色の髪の少女が、すこし怪訝そうに問いかけてくる。
その問いかけをやんわりと否定して。










「おまえさ、なんでウソ吐いたの?」










パートナーの少年の言葉に、少女がハッと顔をあげた。
白い制服に身を包んだ少年は、ニッと意地悪そうな笑みを浮かべている。
その笑顔をしばらく凝視して、ティスタは顔を逸らした。


「さあ、なんのこと?」
「あれれ、そう返してきますか?」
「・・・・なによ、レオだって教えなかったくせに」
「だって、おもしろそうだったんだもん」
「レオにあたしを叱る権利ないんだからねっ!」
「わかってるってー」


嘘だとバレて焦る少女を楽しそうに見つめて。
レオは小さく溜息を吐いた。








悪魔は武器なんかじゃない。








武器として扱われていたけど、剣や銃器などの武器じゃない。
悪魔はもっと魔術的な、神秘に満ちたもの。
少女は彼らにそのことを言わず、ただ驚異的な武器だと言った。
普通、武器と言われたら拳銃などの兵器を思い浮かべる。
認識の違いを使った、性質の悪い嘘。


「でもさ、」
「なによ?文句あるわけ!?」
「そうじゃなくて、シキトたぶん気づいてるぜ?」
「え・・・ええーーっ!?」
「あいつに一般の認識使ってもだめー」


驚愕に目を見開くティスタに笑みを浮かべて。
帰ってきたときに浮かべているだろうシキトのしてやったりな笑顔を
思い浮かべて、レオはすこし眩しそうに目を細めた。










*     *     *     *     *










肌寒くなった、灯りの一切ない地下に、
隣の少女が息を飲むのがわかった。


「はやく終わんないかな・・・・」
「え?」
「はやく帰りたい」
「・・・・そうだね」


そうぽつりと呟いて、シキトは懐中電灯を照らした。
シキトの言葉に気が抜けたような苦笑を浮かべて、ルシアが相槌を打った。
暗闇に目が慣れるのを待ってから、足を踏み出す。
壁に沿って歩いていると、大きなレバーがあるのに気づいた。


「これかな?」
「え、なにっ・・・・うわ、」


少女の言葉も訊かず、少年はそのレバーを引いた。
その瞬間暗かった地下に灯りが点り、その眩しさに目がくらんだ。
もう一度、目が慣れるの待って辺りを見回す。










「武器なんて、ないよ・・・・?」










ぽつり、と呟いたルシアの声に少年が息を吐く。
地下は円を描いたような丸い部屋で、
なにかの実験室のようにいろんなものが散らばっている。
一番目立つのは中央に向かって伸びている太いコード。


「悪魔がその言葉通りの悪魔じゃないように、
武器も言葉通りのイミじゃないんだよ」
「え、どういうこと?」
「言葉にはいろんな使い回しがあるってこと」
「・・・・?」
「そもそも、ティスタが素直に教えるほうがおかしいんだよ」


ティスタだけじゃなく、レオも。
というより、情報をくれる教会の人間全員がそうだけど。
あいつらは肝心な詳しいことは教えてくれない。
確証がなかったり、不確定な事実ということもあるんだろうけど、
さわりだけを教えて、こっちが悩んでいるのを楽しんでいる節もある。


「ていうか確実そうだけどね、とくにレオ」
「えっと・・・・よくわかりません・・・・・」
「いいよ、ルシアはそれで」
「そ、そうかな?」
「とりあえず、おれと組んでる間はね」


コードを辿って中央に置いてあるものを覗き込む。
置いてあるというよりは、装置されている、と言ったほうが正しいかもしれない。
ドーム状のガラスケースの中にある満月のような丸い珠。










「水晶・・・・?」










なんでこんなものが、と言いたげな少女の声。
その言葉には返さず、少年はじっと水晶玉を見つめる。


「これ、持って帰るよ」
「え!?でもこれ、武器じゃ・・・っ!」
「ティスタは本当のことを言わないけど、まるっきし嘘ってわけじゃない」
「えっと、なんの話・・・・?」
「だから、その水晶が悪魔で、武器っていうのは・・・・」
「いうのは?」
「・・・・もういい、めんどくさい。」


説明の言葉を途中で止めて、呆れたように溜息を吐いた。
突然のことにルシアは目を見開いて、わけがわからず固まった。
少女が呆然としている間にも、少年は手を動かしていて。
呆気なく水晶を収めていたガラスのケースが割れた。
転げ落ちそうになった水晶を、シキトは難なく受け止める。










その瞬間、大地が大きく揺れた。










突然の大きな揺れに、バランスを崩す。
慌てて廻りのものに捕まって、
揺れが収まるのを待ってみるが、一向に収まりそうにない。
というより強くなっている気がする。


「あんの白髪ジジイ・・・・っ」
「え、それ司令官のことじゃないよね・・・・?」
「逃げるよ、宮殿が崩れる」
「えっ!?」


急に極悪人並に目つきが悪くなった、と思った瞬間。
手をつかまれて、勢いよく引っ張られる。
驚いている暇もなく走らされて、自分たちのすぐ近くを
小さいものから大きいものまで、
様々な大きさの瓦礫が天井から落ちてくる。


「あのっ、これって、どういうこと?」
「説明は後。ここから無事脱出できたらね」
「無事って・・・・あっ!」


頭が混乱していて、なにも考えられない。
落ちてくる瓦礫に埋め尽くされて、視界は最悪なのに、
道を塞いでしまいそうなほどの、大きな瓦礫がシキトの上に落ちてくるのが、
やけにはっきり鮮明に見えた。












「危ない・・・・っ!!」












咄嗟に叫んだ瞬間、全身に強い衝撃が走って。
目の前が真っ暗になった。










*     *     *     *     *










嫌な予感というものはよく当たるものだ。
教会の中にある、医務室のような無機質な部屋で煙草を吸っていた男が
深く息を吐いて、窓の外を見上げた。








「すっげー雨だな」








いや、すごいのは雷か。
思わず喚声を上げたくなるほどの、大きな雷の音に、男は肩を竦めた。
昼間は晴れていたのに。
黒いスーツの上に医者のような薄汚れた白衣を着た細身の男。
黒く短い髪が、雷の光に時折照らされる。


「なんか嫌な予感すんなー、任務に出てんの誰だっけ」
「武器職人のシキトくんとルシアさんです」


医務室のガラスの仕切りを挟んだ向かい側の事務室のような仕事場にいた
髪をアップにした生真面目そうな女性が淡々と答える。
帰ってきたその言葉に、男は表情をしかめた。
その瞬間、男のポケットから可愛らしい童話の曲が流れて、
その場の空気が凍りつく。










「どちらさま?こっち勤務中なん・・・ああ、おまえか」










20代後半の男に似つかわしくないその曲に、
女性が頭を抱え、電話の相手に男が嫌そうに表情をしかめる。


「ったく、わかったよ。そこで待ってろ」
「電話、どうかしましたか?」
「迎えにこいだと。俺は保護者じゃねーっての」
「・・・・誰ですか?」
「普通、それを先に聞くもんだぞ」


わかってなかったのかよ。
がくっと肩を落とす男に女性が眉を寄せた。








「ちょっとここ頼むな。すぐ戻る。」








薄汚れた白衣を正した男がそう言って部屋を出て行った。
残された女性は黙ってその後姿を眺め。


「で、結局誰なのよ」


そう毒づいた。
窓の外では相変わらず豪雨で、雷が詠っていた。






  −end−







 
   

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