そらかげ

08.赤い灯の化身。



まだ犯罪者を狩る仕事をしていなかった頃。
この武器と同じように、悪魔と呼ばれたことがある。







まだ子供として扱われていた幼い頃。







自分の身を護るために様々な武器を持ち、
見事に使いこなす彼を見るたび、人々は悪魔だ、と囁いた。
その頃のことを思い出すと、いつも溜息が出る。
辛い、と思ったことはないが、
思い出して楽しいものでは決してないから。










人を信じることができなかったあの頃。









記憶の中の自分は、いつも冷めた表情をして、
自分以外のものを突き放すことしか知らなかった。










*     *     *     *     *










宮殿の中に入ったのはいいけど、
中は長い通路がずっと続いていて、所々についた電灯以外、
明かりらしい明かりはなくて、すごく薄暗い。


「シキトくん、ライトとか持ってる?」
「あんたさ、ライトっておれたちにとって必需品だよ」
「・・・ですよね」


情けなく引きつった笑みを浮かべるルシアに
シキトは呆れたように溜息を吐いて、懐中電灯の明かりを
少女に向けてシキトは首をかしげた。








「それで、どこをどう歩く?」








その明かりに目が慣れるのを待ってから、
少年と同じように首をかしげた。


「どこをどう歩けば目標に辿り着くんだろ」
「さあ。てきとうに歩いてみる?」
「そんなんで大丈夫かな?」
「だからってこのままじっとしてたらまた追い付かれるよ」
「え、あの男の人たちまだ追ってくるつもりなの!?」


宮殿の近くまで追ってきた男たちを思い出して、
少女がすこし涙目になる。
その様子に少年は肩をすくめた。


「知らないよ。でも足音は聞こえない」
「嫌だな〜できれば戦わずにすませたいな・・・」
「それさ、武器職人の言う言葉じゃないよね」


戦うから武器職人なのだ。
戦わず解決するのは白い制服を着た守護職人の仕事だ。














「でも、シキトくんだってそう思ってるでしょ?」














少年の顔を覗き込んで少女は首を傾げる。
シキトは一瞬目を見開いて、すこし気まずそうに顔を逸らした。
その様子にルシアは嬉しそうに微笑む。


「とにかく、前に進むよ」
「えっ、なにも考えナシに進んじゃうの!?」
「考えたってわかんないし」
「でも長居する準備、なにもしてないんだよ!?」
「それがどうしたの?」


テントとか毛布とか、食料とか。
何一つ持ってきていないのだ。
心底不思議そうな表情をする少年にルシアは苦笑した。
床は瓦礫だらけでゆっくりできるとは思えない。
もし、一泊することになったらどうするのだろう。


「ここじゃ眠れないし、すごく寒いと思うよ」
「あー、でもなんとかなるんじゃない?」
「・・・・ならないよ」


今でも肌寒いのに、夜になったらと思うと寒気がしてくる。
寒いうえに睡眠不足が重なった状態で
過酷な任務やら、戦闘というのは遠慮したい。
少年は大丈夫でもわたしは大丈夫じゃない。


「わかったよ。じゃ、早く終わらせよう」
「・・・どうやって?」
「仕方ないからちゃんと考えて動いてあげるよ」


少年にしてはずいぶん優しい言葉に、
ルシアがぽかんと目を見開いた。
少女がなにか言おうと口を開いたとき、
規則正しい音が聞こえてきて、それを遮る。
その音の大きさに比例するように、
天井から落ちてくる瓦礫の量が多くなった。








「走れっ!」








少年がそう叫ぶのと同時に足を動かす。
身体は動いても頭はなかなか動いてくれない。


「あの、この音なに!?」
「足音だよ、足音!1つじゃない」
「あの男の人たち?」
「・・・違う。もっと他のなにか」


少年は走りながら、考え込むように首の後ろの手を当てて。
何かに思い当たったように、琥珀色の眸が鋭くなった。













「我の化身、そして罪なる罠が、そなたの前に立ちはだかん、か」













シキトの言葉に少女が目を見開いた。
彼の隣に並んで、首を傾げる。

「シキトくん?それって・・・」
「そう、扉の前に掘られてた文章だよ」
「じゃ、この足音は「我の化身」ってこと?」
「そういうこと。」
「・・・でも、これなんの足音なんだろ」
「さあ、姿見ればわかるんじゃない?」


暢気なことを言う少年に苦笑して、
ルシアはただ彼の頭の回転の速さに感心した。
少女は突然の状況の変化にさえ、ついていけなかったのに
彼は瞬時に反応して、判断する。






やっぱり、彼はすごい。






そこまで考えたとき、なにか閃いた。
頭脳と聴覚が、自分で問いかけた質問の答えを見つけた。










「・・・ロボットだ」










動かしていた足を止めて、足音のする後方を振り返る。
少女に合わせて足を止めたシキトが顔をしかめた。


「ロボット?」
「うん、複数の足音にしては規則正しすぎる気がするの」
「・・・確かに。そうか、ロボットねえ」
「た、たぶんだよ!?」


自信なさ気に言い返した少女を無視して、
少年はいつもなら有り得ない満面の笑みを少女に向けた。
その笑顔を見た瞬間、少女の表情が引きつる。










「いい練習相手になるね」










やっぱり。
彼は新人を教育するときは、スパルタなのだ。
表情を引きつかせる少女にそう言い捨てて
シキトは細身のナイフを手に後ろに周る。


「今回はさすがにちょっと手伝ってあげるよ」
「ていうか1人じゃムリだよっ!」
「相手は、今のところ5体。・・・来るよ」


近づいてくる足音に、無意識に自分の武器を取り出す。
通路に備えられた小さな明かりの中に、
土でできたような大きな胴体のロボットが浮かび上がった。
単調なロボットの胴体の中で眸だけが、
まるで生きているかのような、赤い光を宿していた。







「お願い、レイっ!」







漆黒の拳銃を取り出し、その頭部に銃口を向けて、
ルシアは引き金を引いた。














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