そらかげ

07.迫られし選択。



前を歩く青年はいつにも増して無口。
いつものような皮肉も、聞こえてこない。









「シキトくん、なにかあったの・・・?」









控えめに聞いてみるが、青年は黙ったままだ。
怒ってるというより、なにか考え込んでいるような難しい表情。


「・・・あの、」
「なんでもない。あんたには関係ない」
「かっ!?ひどいよ、そんな言い方しなくてもいいじゃない!」


返ってきた言葉の辛辣さに思わず文句が出る。
シキトは一瞬目を見開いて、溜息を吐いた。








「ほんと、なんでもないから。平気。」








そこで謝罪の一言が出ないのは不思議だ。
まあ、それが彼なのだけど。






こんな調子で、これからの任務、大丈夫なのかな・・・。






ふと心配になって眉をひそめた。
それにしても、そんなに難しい任務を応援もなしで
2人だけで解決させるなんて、本部はいったい何を考えているんだろう。
ましてや、そのうちの1人はまだまだ新人なのに。











「この辺りだよ。ちゃんと集中してね」











シキトの言葉にハッと我に返る。
辺りを見渡せば、今にも朽ちてしまいそうな廃墟の建物ばかりで。
それでもそこに人が住んでいるのだから驚きだ。
廃墟に住まう人々は、教会の制服を着た自分たちを訝しげに見つめて、
傍にいる人たちとなにか囁くと、すぐに姿を消してしまった。


「このあたりはスラムだからね。教会は嫌われてるんだ。」
「そうなの?」
「そりゃそうだよ。家族を殺されるんだから」
「・・・家族を殺してるわけじゃないよ」
「おれたちにとってはね。」


歩みを進めていたシキトが初めて足を止めて、振り返る。
その琥珀色の眸が、すこし悲しそうに見えた。
















「罪を犯した犯罪者でも、大切に思う家族はいるんだよ」
















シキトはべつに悲しむでもなく、呆れるでもなく、淡々とそう言った。
それなのに、なぜか悲しくなった。
今までそんなこと、考えたこともなかったから。







シキトくんはいつもそんなことを考えてながら、
犯罪者の相手をしてるのかな。







そう思うと、余計悲しくなった。
と、そのとき周りが急に騒がしくなってきて、
いつの間にか俯いていた顔をあげ、
そのまま呆気にとられるように固まった。






「うわ!?」
「おー、きたきた」






上や後ろからなど、いたるところから武器を持って
こっちへ殴りこんでくる男たちを見つけて
ルシアは目を見開き、シキトはその人数の多さに素直に感心した。


「走るよ」
「は、はいっ!」


少年の言うままに返事して、1歩前を走る彼についていく。
そういえば、悪魔がどこにあるのかシキトはわかっているんだろうか。
もし知らずに進んでいるなら、それはまずいことになる。


「ね、ねぇ!シキトくんっ」
「なに?」
「目標がどこにあるのかわかってるの?」
「あー、そのことならティスタから聞き出したよ」
「え?」


聞き出した、という言葉に背筋が寒くなった。
きっと、遠慮なく脅し口調で聞き出したんだろう。
そう思い、ティスタに同情していると、急に目の前が暗くなって足を止める。
上を見上げると、先端がカーブした刀を持った男が
ルシア目掛けて飛び降りてくるところだった。








「わっ、」








咄嗟に反応できずに目を瞑ると、近くで甲高い金属音が聞こえてきた。
驚いて顔を上げると、いつのまにかシキトの手には短剣が握られていて、
男が持っていたはずの刀が地面に突き刺さっていた。


「だから集中して、って言ったんだよ」
「ご、ごめんなさい・・・」
「言っとくけど、次は助けないからね」


面倒くさそうに剣を元の場所に戻して、
少年は突然の出来事に反応できていない男を一瞥し、
地面に突き刺さったままの刀を手に取った。











「へえ、けっこういいもん使ってるんだね」











シキトは感心したように呟くと、それを手に持ったままルシアの手を掴んで
まるで少女を引っ張るように走り出した。
突然のことに思わず目を見開くが、少年の足の速さについていくのに必死で
遠慮なく引っ張っていくシキトに文句すら言えない。


「さっきの質問の答えだけど」
「え、さっきの?」
「・・・悪魔はどこにあるの、て聞いたじゃん」
「あっ、ごめんなさい」


そうだった、男の登場に驚いて忘れてた。
呆れたような冷たい眸で見てくるシキトに苦笑を返すと、
少年はバカだね、とでも言いたげに溜息を吐く。
そして、ある建物の前で足を止めた。


「シキトくん?」
「悪魔は廃墟の奥にある宮殿の中にあるんだって」
「宮殿って、これのこと?」
「ほかにそれらしき建物は見当たらないからね」
「宮殿なんだ・・・」


そう言って、2人は目の前にある建物を見上げた。
辺りの廃墟と変わりなく、今にも崩れてしまいそうな建物だが、
ほかのものよりは綺麗な装飾がされているし、塔もある。
そして、なによりほかの建物より大きい。







「あ、シキトくん見てっ!」







宮殿らしきものを見上げていると、
扉の隣に彫られた文字を見つけて目を見開いた。


「なんか書いてあるよ?」
「書いてって、磨り切れてるじゃん」
「頑張って読んでよ!」


読みにくいよ、なんて文句を言うパートナーに苦笑して、
その文字の羅列を指差し、それに近づけようと少年の腕を引っ張る。
少年は諦めたように深く溜息を吐いて、
文字の羅列に顔を近づけた。













「・・・月の足跡を追うべし。
さすれば、此処に封印すべし月光現れん。
しかし、我はそれを防ぐ者なり。
我の化身、そして罪なる罠が、そなたの前に立ちはだかん。
命が惜しくば、
これより先に、近づくべからず。」













読み終わったのか、少年は屈めていた背筋を伸ばした。
そして何を説明するでもなく、伸びをする。


「ねえ、どういう意味なのかな?」
「おれに聞かないでよ。」
「じゃ、誰に聞くの。ていうか月の足跡ってなに?」
「さあ?」


真面目に考えもしないシキトに呆れる。
もしかしたらなにかわかるかもしれないのに。


「こういのはいくら考えても、わからないもんだよ」
「じゃ、どうするの?」
「とりあえず行ってみるしかないでしょ?」
「なんにもわかってないのに?」
「情報が少ないのは元からだし」
「それはそうだけど・・・」
「それに、このまま引き返すわけにはいかないでしょ」


確かに引き返すわけにもいかないが、
このまま立ち止まっているわけにもいかないらしい。
後ろのほうから男たちの罵声が聞こえてきたから、
このままじゃ追いつかれるのも時間の問題だ。
引き返すことも、とどまることもできないなら、
選択肢は少年の言うとおり、ただ1つ。












「いいよ、前に進みましょう?」












意を決したような少女の言葉に、
シキトはニッと楽しそうな笑みを浮かべた。




さあ、任務開始だ。














next→