そらかげ

03.不機嫌。



朝から天気がいいと訳もなく嬉しくなって、散歩に出たくなる。
単純な人間ってそういうものだ。
わけもなく納得して中庭を歩いていると、
突然後ろから声を掛けられて、足を止めた。








「きみ、シキト・レヴァンヌのパートナーのルシアさん?」








とん、と肩を叩かれて振り返ると、
見たことない青年がルシアを見下ろしていた。


「そうですけど、どうかしましたか?」


彼と向き合って首をかしげると、男性は笑みを浮かべて、
青年は司令室がある方角を指差した。






「司令官が呼んでたよ」






司令室は上官たちに与えられる個室で、
任務を受けるときは必ずその部屋に呼び出されることになっている。
だからこうやって呼び出されることも珍しくない。


「今すぐ来てほしい、ってさ」
「ありがとうございます。」


だからそのときはなんの疑問もなく、
知らせてくれた男性に頭を下げて、司令室に足を向けた。










*     *     *     *     *










司令室の扉を開けると、
相変わらず資料がずさんに散らばった部屋の奥に
白髪の混じった老人と淡い色の髪の青年の後姿が見えた。


「失礼します。えっと、お呼びですか?」
「ああ、呼んだ。こっちに座れ」


頭下げて、比呂の隣に腰掛ける。
比呂はいつと同じように無表情で、いつもより不機嫌そうだった。










「わかっていると思うが、おまえたちには任務に向ってもらう」










指令を出す司令官の表情もいつもより暗い。
なんだろ、すごく嫌な予感がする。


「今回の仕事は、一歩間違えれば死ぬ。」
「・・え、えーーっ!?」


思わず立ち上がって叫ぶ少女に司令官が溜息を吐いた。
神妙な顔つきで肘つき、口に手を当てる。


「おまえにはまだ早いことはわかっている」


だが、と言葉を続ける老人にルシアは息を呑んだ。
その瞳があまりにも真剣だったからだ。










「それがシキト・レヴァンヌとパートナーになるということだ。」










なんでそうなる。
シキトがそう怒鳴るかと思ったほど説得力のない言葉だった。
どうりで、シキトのパートナーが早々とリタイアしていくわけだ。




現実逃避を通り越して、
何故か納得してしまった瞬間だった。










*     *     *     *     *










北のはずれにある森の奥に、
古びた廃墟となった遺跡がある。






そこには遠く古い時代に封印された、悪魔が眠っている。






犯罪者たちには神と称された
その悪魔の封印が何者に解かれようとしているらしい。
それを阻止し、解こうとしたものを排除すること。




ソレが今回の任務の内容だった。










*     *     *     *     *










すっかり黙り込んでしまった青年に苦笑を浮かべる。
無口なのはいつものことだが、なんかこう、今日は空気が痛い。


「あの、シキトくん?」
「なに」


一歩前を歩く青年は振り返りもしない。
思わず息を呑んで、慌てて言葉を捜すが思いつかない。


「なんなの?」
「え、えっと・・・こ、これからどこに行くの?」
「不本意なんだけどね、仕方がないから」


無口な割りに歩みに迷いがなくて。
とっさに問いかけた言葉に、青年は嫌そうに顔をしかめてそう答えた。










「レオ・パオラに会いたいんだけど」










談話室でソファーに座って、友人と話し込んでいた
白い制服の守護職人に向かって、シキトが淡々と問いかける。
そんな彼を守護職人は不機嫌そうに睨み付けた。






守護職人は犯罪者を捕獲するものだ。
犯罪者でも、救うことのできる人間として扱う。






だから犯罪者を躊躇いもせず排除する武器職人を
忌み嫌ったり、恐がったりして、よく思う人は少ない。


「知らないならいいんだけど」
「・・・あっちじゃねーの」


なのにこの青年は普通に守護職人に声をかけた。
嫌がられても顔色ひとつ変えない。


「そ。ありがと」


中庭のほうを指差した守護職人に軽く礼を言って、
振り返りもせずに中庭のほうへ足を進める。








彼が何をしようとしているのか未だに理解できない。








シキトの後ろを歩きながら、溜息を吐いた。
そうしている間に中庭に出て、太陽の光が目にまぶしい。


「なにしてんの。遅いんだけど」
「え、ごめんなさい」
「レオは守護職人で、おれとは腐れ縁なんだ」


いつの間にか止まっていた足を動かして、彼の隣に並ぶ。
シキトはまっすぐベンチで寝転がっている
金髪の青年を指差してそう言った。






「あんまり乗り気じゃないんだけどね」






隣で小さく呟いた彼の言葉は、
すでに疲れている気がした。














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