そらかげ

02.安らぎ。



突然目の前に現れて、不満そうな顔をしている少年を
ただ呆然と見つめて、一言。


「えっと、シキトくん・・・?」


シキトと呼ばれた少年は、
呆れたようにため息を吐いて、少女を睨んだ。


「あんたさ、せっかくいい練習になるヤツがいたのに、なにしてんの。」
「え、そんなこと言われても・・・・」


そう。まだ経験の浅い彼女に、1人で任務をこなせ、と
鬼のような特訓をさせているのが、この少年だ。


「むりだよ、やっぱ一緒にやろうよ!ね?」
「ね?じゃないよ。おれと一緒にやったら成長しないでしょ?」


少年は呆れたような冷たい眸を彼女に向け、溜息を吐く。
もっともなことを言われて、少女は口を閉じた。








この少年は、どんな武器でも扱える優秀な人間だ。








その実力は教会の司令官たちも一目おいているほど。
経験も豊富で、彼が出てきたら彼女のすることなどなくなってしまう。
そうならないためには経験を積んで、
彼に少しでも追い付くしか方法がない。
それは、少女も痛いくらいよくわかっているつもりだった。






でも、だからって。
1人で任務というのはどうなんだろう。






1人厳しい現実に頭を抱えていると、いつの間にか少年の姿が消えていた。
慌てて辺りを見渡し、彼を探すと耳元で彼の声がした。






「じゃ、後はよろしくね」






不意を付かれた距離の近さと、その言葉に少女は目を見開く。
そんな彼女など眼中になし、とでもいうように少年は踵を返して歩きだす。
遠くなっていく彼の背中に文句を吐きつけるが、
効果がないことは、よくわかってる。
シキトは後ろ手に軽く手を振っただけだった。


「え、またなの?」
「よろしくー」


最近、犯罪者の排除ばかりしているような気がする。
振り返りもしない相棒の背中を見つめて、少女はため息をついた。










*     *     *     *     *










化学も技術も驚くほど進んだが、
それと比例するように自然は破壊されていった。
今では木々が育つほうが珍しいくらい、
空気は汚染されてしまった。






自然が壊れ、人間の心も同じように壊れていった。






世界は当然のように犯罪が溢れていった。
人々から笑顔が消えたとき、政府はあるひとつの組織を作った。
その組織の役目は、犯罪を未然に防ぐことではなく、
放し飼いになっていた犯罪者を捕獲、または排除すること。








教会と名づけられた、職人と呼ばれる人間が働く組織。








それで犯罪が減るわけではない。
でも犯罪を取り締まる機関ができたことで、
人々の表情に笑顔が戻りつつあった。










*     *     *     *     *










小さな店が建ち並ぶ薄汚れた繁華街。
人通りは少なく、怪しげな場所に一軒の落ち着いた感じのバーがある。
そこが彼の行き付けの店。
教会の本部に彼の姿がなかったら、十中八九ここにいる。


「こんにちは」


風に揺れる灰色の髪と同じ色の眸の少女が、
ゆっくりと扉を開けて、カウンターに立っている女性に笑みを浮かべた。
少女に気づいた女性は微笑を返して、
ウェーブのかかった黒く長い髪を揺らした。








「あら、ルシアちゃん。いらっしゃい」








店を訪れた少女の名前はルシア・カーネーション。
列記としたシキト・レヴァンヌのパートナーである。
最近では犯罪者の排除より、
そのあとの片付けばかりしている新米武器職人。


「あの、シキトくんいますか?」


小首をかしげる彼女に、
バーの店員であるマリアは、明るい笑みを浮べる。


「教会にいなかったんで・・・・」
「いるのはいるけど、お酒飲んで寝ちゃったわよ?」


ちょっと遅かったわね。
と苦笑を浮かべる女性にルシアは目を見開いた。








「マリアさん、またお酒飲ませたんですかっ!?」








カウンターに身を乗り出す彼女に、
からかうような笑みを浮べて、首をかしげる。


「あら、だってお客様だもの。」
「まだ未成年なのにっ!ちゃんと止めてくださいっ!!」
「だってシキトちゃん強いのよ?」


だからってお酒飲ませていいことなはならないと思う。
少女の呆れた顔に、マリアは苦笑を浮かべただけで、なにも言わなかった。










「でも、寝ちゃうまで飲んじゃうなんて。」










不安そうな表情をしてうつむく少女に
マリアは困ったように苦笑を浮かべてカウンターに肘を突いた。


「なにかあったのかな・・・・?」
「今日、殺しちゃったんでしょ?」
「え、そうだけど、あれは仕事で・・・」
「シキトちゃんはね、仕事でもあまり殺さないのよ」


そのためなら瀕死の状態でも関係ない。
そんな感じだけどね。


「でも今日は殺した。だからじゃないかしら」


殺すことに慣れてしまうのが、恐い。
それは武器職人なら誰でも必ず1度は思うこと。







でも、自分の意思に関わらず、
慣れてしまうものだ。








最悪、犯罪者が人間だということまで忘れてしまう。
それがものすごく恐い。
だから、職人になった今でも引き金を引くことを躊躇ってしまう。
そんな彼女をシキトは一度も叱ったことはなかった。








「やっぱりシキトくんはすごいな」








優秀な人間として、最前線で戦っていて。
それでも殺したくない、という気持ちが残ってる。
本人は認めないかもしれないけど、それってすごく勇気がいることだ。
やっぱり、彼はすごい。


「ほんと、ルシアちゃんはシキトちゃんが好きねえ」


マリアの呟きはどうやら少女には聞こえなかったらしく、
ゆったりとした空気がクローバーに流れる。




どうか、こんな小さな安らぎが
これからも続きますように。


そう祈らずにはいられなかった。






    
  




 

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