そらかげ

01.予期せぬ来訪。



訪問者を知らせるベルの音が部屋に響いた。
それに反応するように机と向き合っていた少女が顔を上げ、
時間を確認してから、ゆっくりと腰を上げる。





「はーいっ」





そして玄関に駆け寄り、扉を開くと、
そこには名覚えのあるシルエットがあった。
細長い体格に、黒いくしゃくしゃの髪。
その髪と同じ、黒い服と眸。


「よお、ひさしぶりっ!」
「・・・げ」
「げってなんだよ、げって!失礼なやつ」


扉を開けた少女は思わず顔をしかめ、
少年が不満そうな声を上げた。











「なにしにきたの、逃亡者」











とっさに扉を閉めようとすると
足を扉の間に入れられて、それを止められる。
少女はその細い隙間から、
満面の笑みを浮かべる少年を睨みつけた。


「やだなー。おまえまで俺のこと、そんなふうに思ってたの?」
「だって、みんな言ってるよっ!」
「ひでーなぁ。俺はなにもしてないのに」


悲しそうに呟く彼の声に、すこしだけ良心が痛んだ。
この少年には多くの人間の命を奪ったとして、大罪の疑いがかけられている。
もちろん、本人は断固否定した。
しかし目撃者がいるらしく、
日頃から行いの宜しくない彼の言い分に
耳を傾ける大人はあまりにも少なかった。











でも、少女は知っている。
彼は人を殺したりなんか、絶対にしない。











少女はすこし考えてから、扉を閉めようとしていた力を緩めた。
寂しそうな眸をしていた少年が目を見開く。


「ミオ?」
「べつに、ほんきで言ったわけじゃない、から」
「・・・どうだか」
「ほんとだよっ!」


扉を大きく開けて、大声で言い返すと、
少年はすこし困ったような笑みを浮かべた。


「そんな、怒んなくてもいいじゃん」
「変なこと言うからでしょ」


夜の闇にまぎれてきた、突然の訪問者は、
すっかり苦笑が似合うようになって帰ってきた幼馴染だった。
















村の中心にある蔵が紅葉のように赤く燃えたのは、
今から3年前のことだった。
















その村では、毎年行われる
紅葉祭、と名づけられた祭りがあった。
その祭りの最後には必ず、大人たちが集い宴会を開いた。
その宴会の行われている建物を
あたしたち子供は、蔵、と呼んでいた。









炎はあっという間に燃え上がり、
何人もの人間が命を落とした。









火事が起こるはずのない場所で起こった事件に、
村人たちは震え上がり、誰もが真っ先に彼を疑った。
それは村の奥に1人で住む、黒髪の少年。








その疑いは、1人の目撃者の言葉によって確信に変わった。








それからすぐ、彼は姿を消した。
その少年が、今目の前にいる現実に頭を抱えたくなる。











「ヤマト、ほんとになにしに来たの?」











ていうか、なんで帰ってきたの。
彼が姿を消したときに、寂しかったけど、
それと同じくらいすごく安心したのに。


「なにって、おまえを迎えに着たんだ」
「は?迎え?」
「そう。おまえだって、こんな村嫌いだろ?」
「・・・あんたと一緒にしないでよ」


ついついそう言い返してしまったが、好きなわけがない。
この村の大人たちは、なにかおかしい。
でも、ずっとこの村で暮らしてきたんだ。
親はいなくても、世話を焼いてくれる人もいるし。
そんな、いきなり押しかけられても困る。






「素直じゃねーなぁ、相変わらず」
「あんたこそ、相変わらず横暴で強引じゃない」






記憶の中の自分たちより見た目は成長したとはいえ、
性格に関してはお互い様だ。
少年が必死に彼女を自分の領域に巻き込もうとするのに対し、
少女はそれに興味を抱きながらも、必死に抗う。
3年前と、なにも変わらない。












「おまえに、もっと楽しいことを教えてやるよ」












ニッと楽しそうな笑みを浮かべて少年はそう言った。
こういうときの彼は、言い出したら絶対に折れないことを
少女は痛いほどよく知っている。


「楽しいこと?」
「そう。旅するんだ!信頼できる仲間とっ!」
「たび・・・」


突拍子もない言葉に、思わず呆けた。
信頼できる仲間と旅?
そんな本の中の出来事みたいなこと現実で初めて聞いた。
だいたい、旅って子供がするもんじゃない。
成長したとはいえ、自分たちはまだ15歳なのだ。











「できるっ!絶対だ」











だからその自信はどこから沸いてくるんだ。
きらきらした好奇心に満ちた眸で、
まっすぐ自分を見つめる少年に呆れた。


「信頼できる、仲間?」
「そう!いいヤツらなんだぜ?でもさー」
「でも?」


あー、もう仲間ってヤツを見つけてるんだ。
頭のどこかでそう思い、すぐに当然か、と納得する。
彼はなんやかんや言って寂しがり屋だから。
それでいて、見る目がある。
















「やっぱりミオがいないとつまんねーなあ、と思ってさ」
















適当に聞き流していた聴覚が。
旅とは別の、記憶の中の彼を思い出していた頭が。
その言葉をしっかりと、受け止めた。


「・・・は?」
「そいつらとはこの3年間ずっと一緒にいたんだけどさ、物足りねーの」


やっぱり、周りがみんな年上だからかな。
暢気に話し続ける少年に、自然と口元が緩んだ。








「なっ、一緒に来るだろ?」








楽しそうでまっすぐな笑顔。
自分が行くと答えることを信じて疑わない眸。
咄嗟に、答えるのを迷った。










そのとき。
玄関の扉がまるで怒鳴り散らすように叩かれた。







  




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