そらかげ

01.頼みごと。



その怪盗たちと初めて出会ったのは、
満月が顔を覗かせた晴れた夜のことだった。








「あなたたち、ケルベロスでしょ?」








突然空から降ってきた澄んだ少女の声に
ジャンクと名乗る怪盗を追いかけていた3人の少年が足を止める。
その声に誘われるように顔をあげると
屋敷の高い屋根の上に2人の少女の姿があった。


「おまえら誰だ?」
「・・・・ジャンク。」
「怪盗が盗み終えた屋敷に留まってていいの?」
「捕まってなんかあげないよ?」
「まあ、鬼ごっこに付き合ってあげてもいいけど」


肩まで伸びた淡い色の髪の少女の言葉の後に
頭のてっぺんで小さなお団子をつくった藤色の髪の少女が
馬鹿にしたような楽しそうな口調で言い放つ。


「余裕だねえ」
「まあね。まだ捕まるわけにはいかないもの」
「へえ、どうして?」
「とーぜん、教えない。」
「あ、やっぱり?」


穏やかそうな笑顔を浮かべて
少女たちに問いかけた栗色の髪の少年と
返ってきた少女の予想通りの言葉に
明るい髪色の少年が苦笑を浮かべた。








「返せよ」








ちょっとした和やかな雰囲気の中、
一番始めに少女たちの問いかけに答えたオレンジ色の髪の少年が
鋭い眸を少女たちに向けて冷たく吐き捨てた。


「なにをよ?」
「盗んだペンダントだよ」
「やだ。あれは本当の持ち主に返すの」
「失って困ってる人がいるんだ」
「それ、どういう意味?」


藤色の髪の少女に淡い色の髪の少女が続ける。
彼女たちの言葉に、参謀役である栗色の髪の少年が首をかしげた。


「ここの主人、宝を高額な値段で売りさばいてるけど」
「本当はほとんど偽者なんだ」
「本物かと思えば騙し取ったものばっかり」
「あたしたちはただ、それを本人に返したいだけ」
「だから残念だけどこれは返せないわ」


少女たちが交互に説明し、返せない、ときっぱりと言い放つ。
月明かりに浮かぶ藤色の彼女の眸は真剣だった。
その眸に、オレンジ色の髪の少年は
なにも言い返すことができず口を閉じた。
彼女たちが嘘を吐いているようには見えなかったから。










「べつに信じてくれなくてもいいわ」










お団子頭の少女の言葉に、表情をしかめる。
まるで初めから期待していないかのような口調だった。


「でも調べてほしいんだ」
「ほかにも困ってる人がきっといるはずだから」
「それを頼みたくて誰かくるの待ってた」
「ま、そゆことだから。よろしくね」


さっきまでの真剣な眸はどこに行ったのか。
2人の少女はにっこりと微笑んで、ひらひらと手を振ってくる。
怒鳴りつけようと口を開いたときには、
すでに少女たちの姿は月夜の中に消えていた。










*     *     *     *     *










不思議な怪盗と出会って数時間が経った。
その数時間の間に、いろいろなことが発覚した。






1つは、例の屋敷の主人が留置所に連行されたこと。






少女たちの言っていたことは、すべて事実だった。
主人は詐欺の容疑でケルベロス直通の留置所に連行された。
ケルベロスは市民警察とは別の登録制の組織であり、
組織だった動きもなければ、法律のような政もない。
きっと主人はそのうち忘れ去られ、留置所から出てくることはないだろう。






もう1つは。
ジャンクと名乗る2人組みの怪盗のこと。






資料室にこもり、前例を調べてみたところ、
彼女たちは今までも何度となく盗みを繰り返しているが
捕まったことは一度もない。
盗んだものは本当の持ち主に返したり、
売り払って孤児施設などに寄付したりしているらしい。
今時、なんとも珍しい不思議な怪盗だった。




「いいことしてても、罪人は罪人だ」




自分がケルベロスである以上、
今度会ったときは彼女たちを捕まえなければならない。
村の道を歩きながら、オレンジ色の髪の少年は
自分に言い聞かせるように何度もそう頭の中で繰り返していた。


「それにしても、ここどこだ?」


どうも道に迷った気がする。
最近ここに越してきたばかりで、通路をいまいち把握できていない。
そんな状況で一人で行動したのが間違いだった。


「シェロ連れてくるんだった」


道の真ん中で足を止めて、頭を抱える。
栗色の髪を持った参謀役の少年の顔を思い浮かべて溜息を吐いた。
この年になって迷子かよ。








『カイル?今どこにいるの?』








と、そのとき。
耳にはめ込んだイヤホンから
聞きなれた参謀役の少年の声が流れ込んできて。
突然の出来事にオレンジ頭の少年が飛び上がる。
ていうか、どんだけタイミングいいんだよ。


「いきなり通信すんな!びっくりすんだろっ!」
『ごめん。で、今どこ?』
「シェロこそ、どこにいんだよ。」
『ザズと一緒にターゲットの調査中』
『そしたらカイルの姿見えねーからさ、そう怒鳴んなよ』
「怒鳴ってない。ていうか迷った」


からかい口調に口を挟んでくる
明るい髪色の少年・ザズに、カイルは口を尖らせた。


『おまえ、その年で迷子かよっ!』
「うっせー!おまえ殺すぞ!」
『はいはい。照れない照れない』
『そもそも方向オンチなくせに一人でふらふら歩くからだよ』
「うっせーな、説教はあとで聞くよ」


シェロの言葉に表情をしかめ、
ふと辺りを見回したとき、一軒の喫茶店を見つけて目を見開いた。
この店には、前に一度来たことがある。


『でもさ、どこにいるか検討つかないんじゃ、探せないよ』
『やっぱ探知機持たせとくべきだったな』
『えー、突入するとき以外そういうのは遠慮したいな』
「・・・・なあ、どこにいるかわかったぞ」
『え、どこ?』
「このまえみんなできた喫茶店あんじゃん?そこ」


確か、3番街裏通り。
自分のいる場所がわかって、すこし気分がよくなったとき。
その視線の先にある人物を見つけて眉を寄せた。










『カイル、あまり派手に動かないでね』










その辺って、次のターゲットのアジトの近くだから。
シェロの助言はいつも正しい。
険しくなったカイルの視線の先には、
まさにその「次のターゲット」の姿があった。


「今、そのターゲットが目の前にいるよ」
『えっ、ほんと?駄目だよ、変に動いちゃ』
『おまえが動けば、俺らが次動きにくくなるってこと、忘れんなよ』
「おまえらさ、もうちょい心配とかしろよ・・・・」


仮にも罪人。
しかも部類わけするなら大量殺人鬼だ。
戦闘の準備もなにもしていない仲間の目の前に罪人がいるっていうのに
心配するようすが微塵も感じ取れない。








『あたりまえでしょ』








カイルの言葉に通信機の向こうで
呆れたシェロの声が流れ込んでくる。


『カイルなんか心配したって、無駄だよ』
『そうそう、勿体ない』
「はあ?勿体ないってなんだよ!?イミわかんねーっ」
『うるさいなー、なに?寂しいの?』
「〜〜っ、おまえぜってー殺す!・・・ん?」


服の襟につけたマイクに向かって
思い切り怒鳴りつけ、頭を抱えたとき。
視界の端でなにかを捕らえた。


「・・・・げっ、」
『カイルどうしたの?』
「シェロ、悪い。また後で連絡する」
『えっ、ちょっ、変に動かないでよ!?』
「・・・・先に謝っとく?」
『そんなに怒られたいの?』


シェロは穏やかそうに見えて怒ると恐い。
彼に口で勝てる人間はいないと思う。
シェロの言葉に表情を引きつかせながら若干震える手で通信を切り、
そのまま勢いをつけて地面を蹴った。




彼が視界の先に捉えたもの。
それは自分たちのターゲットの後をつける
お団子頭の淡い藤色の髪の少女だった。










*     *     *     *     *










まさかいきなり巡り会えるとは思ってなかった。
咄嗟に腰につけたホルスターの中に収めたものを確認して
少女は深く息を吸い込んで深呼吸を繰り返す。






この場での戦闘は避けたい。






今はパートナーの少女がいないし、目的は戦闘じゃない。
だからと言って、せっかく見つけたのに無視するのは
なんとなく勿体無い気がして、とりあえず後を付けているが
緊張感が付きまとい、精神的に疲れてきた。


「やっぱ帰ろうかな・・・・」


少女がそう思ったとき、後を付けていた男が
急に方向転換をして、道を引き返してきた。
あいにく、近くに身を隠せるようなものはなく
突然のことに身体が瞬時に反応してくれない。




まずい・・・っ!




そう思考が悲鳴をあげたとき、
ぐい、と腕を強く引っ張られた。










「おまえ、なにボケっとしてんだよっ!?」










男から死角になるところまで行って、身を隠した瞬間、
至近距離で思いきり怒鳴られた。
目の前にオレンジ色の髪が風に揺れる。


「・・・・は?」
「おまえ、あいつが誰かわかってんのか!?」
「わ、わかってるわよ!」
「じゃ、なんで逃げねーんだよ!」
「びっくりしたのよ!」


いきなり怒鳴りつけてきたオレンジ頭の少年。
記憶に新しいそのオレンジ色は、まだ忘れていない。
昨晩初めて会ったケルベロスの少年だ。


「あんたこそ、あの男のこと知ってるの?」
「名前はアグロナ。おれたちの次のターゲットだ」
「へえ。負けるんじゃない?」
「はあ?んなわけねーじゃん」
「でもベテランのケルベロスでも避けて通る人多いって聞いた」


人を殺すことに快感を覚えた男・アグロナ。
その名前を知らないものはたぶんいない。
最近有名な罪人の一人だった。
そして彼を避けるケルベロスも、確かにいる。


「んなの知らねーよ。調子乗ってるから潰すだけだ」
「あっそ。逆に潰されないようにね」
「・・・・おまえ、さっきからおれにケンカ売ってんのか!?」
「はあ?そんなわけないでしょ。勿体ない」
「勿体ないってなんだよっ!?」
「あんたにケンカ売るくらいなら、猫に売ったほうがマシってことよ!」
「はあ!?おまえ連行すんぞ!」


連行、という言葉に少女がかすかに目を見開いた。
カイルに背を向けて、アグロナのようすを伺っていた少女が
ゆっくりと少年のほうを振り返る。










「おまえ、ジャンクのひとりだろ」










カイルの言葉に今まで以上に少女が素直な反応を見せた。
夜の闇の中だったし、そこまできっぱり言い張られるとは思っていなかった。


「・・・・なんのこと?」
「昨日の今日だぞ。まだ忘れてねーよ、おまえのカオ」
「無駄に目がいいのね」
「あいにく、記憶力もいいんだよ」


ニッと意地の悪い笑みを浮かべるカイルに
ジャンクと名乗る怪盗の片割れである少女が溜息を吐いた。
そして挑戦的な眸で少年をまっすぐ見据える。


「あんたの記憶力も目のよさも褒めてあげる。」
「なんで上から目線・・・・」
「でも、だからなんなの?今あたしを連行したってイミないでしょ?」
「証拠不十分って言いたいんだろ?」
「そう。あたしがジャンクだっていう証拠がない。」


連行されて留置所に送られたとしても、
すぐ釈放されることになる。


「でも、次動きにくくなるだろ?」
「・・・・・・」
「おまえはできればそれを避けたいはずだ」


カイルと少女の間に不穏な空気が流れ沈黙が続く。
藤色のお団子頭の少女はあきらかに警戒をしていた。
そんな少女に少年は止めていた息を吐き出した。


「まあ、今捕まえる気はねーよ」
「こっちも捕まる気はないわ」
「・・・・かわいくねー」
「褒めてくれてありがとう」


にっこりと微笑まれてカイルは表情をしかめた。
まるでシェロと言い合ってるみたいだ。
彼ほどとまでいかないが、勝てる気がしなくて深く溜息を吐いた。
ほんと、なんで自分の周りには
人を小馬鹿にしたような人間ばかり集まるのだろう。










「おまえさ、あいつに手を出すのはやめとけよ」










すべてを見抜いているような少年の言葉に
少年に背を向けて、アグロナの様子を伺っていた少女が目を見開く。


「あいつは人を殺すことになにも感じない殺人鬼だ」
「・・・・だから?」
「おまえらにどうにかできる相手じゃない」
「そんなの、やってみなきゃわかんないでしょ」
「おまえ、死にてーの?」


冗談で忠告してるわけじゃねーんだぞ。
金にも似たオレンジの眸がまっすぐに少女を見る。
その眸の鋭さの奥に暖かみが見え隠れして
少女は視線を逸らした。
ケルベロスが罪人に向ける眸ではない、そう思った。


「あんたに関係ないでしょ」
「ねーよ。でも心配すんのはこっちの勝手だ」
「心配?ケルベロスが罪人を?」
「文句あんのか」
「べつにないけどさ、知ってる?」


少年のまっすぐな眸に怯えたように視線を逸らした少女が
視線を移し、鋭く冷たい眸で少年を見た。










「あたしとあんたは正反対の立場で敵同士なのよ」










つい数分前まで同じようなことを考えていた少年が
少女の言葉に目を見開いて固まった。


「・・・・な、に言って、」
「もうあたしに関わらないで」
「はあ?」
「あんた、すごく邪魔だわ」


そう一方的に言い捨てて、
お団子頭の少女は、カイルの忠告を受け入れようとせず、
移動を開始したマグロナの後に続いて足を踏み出した。





 






 

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