そらかげ

02.プレゼント。



一日の授業が終わった。
手早く荷物をまとめて、即行ある場所に向かう。








「こらーっ、こんのサボり魔っ!!」








そこは学校で唯一、ふかふかのベットがある場所。
保健室の一番端の位置にあるベットのカーテンを開けて怒鳴る。
案の定、そこには1人の男子生徒が優雅にくつろいでいた。


「うわっ、美依っ!?」
「健志、あんた何回授業サボったら気が済むわけ!?」
「ていうか、カーテン勝手に開けんなよっ!」
「なんでよ!?ていうか反省しなさいっ!」
「ばかー、着替えてたりしたらどーすんだよっ!?」
「ここは、あんたの部屋かあーっ!!」


怒鳴り合う2人に、保健医である女性が頭を抱える。
ここが神聖なる保健室だということをいい加減覚えてほしい。
ほんとに体調不良の子がいたら、どうするんだ。


「こらー、保健室では静かにしなっ!」
「あ、姫ちゃんも、ちゃんと叱ってよねー」
「いいんだよ、姫ちゃんは誰かさんと違って心が広いの」
「ほほ〜う、それは美依にたいする挑戦か!?」
「ばかか!?美依みたいな凶暴なヤツと戦うことになったら誰も勝てねーよ」
「なんだってっ!?」


ベットの上に胡坐を掻いて座る少年の胸倉を掴む。
少女の鋭い視線に、女性は苦笑し、少年は表情を引きつかせた。
しかし少女は殴りかからず、呆れたように溜息を吐いた。










「まったく、明日はちゃんと授業受けるんだよ?」










この年にして不良息子を持った気分だ。
そうひと言文句を言って、部活があるから、と
入ってきたばかりの保健室から出て行った少女を
教員と少年が呆然と見送った。












「あんたの彼女は相変わらず男前だねえ〜」












その言葉に、少年は不貞腐れたようにムッとする。
その顔色は微かに赤い。


「彼女じゃねーよ、あんなの保護者っ!」
「はいはい。でもあんたは好きなんでしょう?」
「っ、」


顔を赤くして黙り込んだ少年に微笑を浮かべる。
若いってすばらしいな、と心から思った。










「でも早く伝えないと、誰かに取られちゃうわよ」










どこか楽しそうに言い放った姫ちゃんの言葉に、
健志は目を見開いて、視線を逸らした。


「ばーか、おれは待ってんだよ」
「はあ?こういうことは男から言うもんでしょうが!」
「そういうことじゃなくて、さ」


いつもより、低くなった声のトーンに
女性は思わず言葉を飲み込んだ。
健志はどこか遠い目で、窓の外を眺めていた。










*     *     *     *     *










バスケットボールが跳ねる音が体育館に木霊する。
美依もボールと戯れながら、小さく溜息を吐いた。


「およ、どしたどした?溜息なんて珍しい」
「ゆんちゃん・・・いや、母親って大変なんだな、と思ってね」
「はあ?・・・ああ、あんたまだやってんだっけ?」
「え、なにを?」


一瞬怪訝そうに表情をしかめた友人は、
すぐに思い至ったように納得した表情に変わる。
そんな友人を不思議そうに見つめて、美依は首をかしげた。
バスケのコートでは、何人かが練習をしていて、
ボールの音がすこし耳にうるさい。








「芳川健志の世話係」








友人の言葉に保健室でのやり取りを思い出して、
少女はげんなりと肩を落とした。


「もう癖みたいなもんだよ」
「いいじゃない、芳川くん、かわいいし」
「かわいい?見かけだけじゃん、みんな騙されてるよ」
「性格は男らしいじゃない?サバサバしてて」
「ただ単にやる気がないだけでしょ」


実際、健志はかわいい。
成長が遅いのか、女顔で、運動神経もいいのに細身で。
人気は高い。
でも性格は悪い。意地悪だし。
みんなはその容姿に騙されてるんだ、ぜったい。


「そんなこと言って、実は好きなんじゃないの?」
「・・・・・はい?」
「いいって、隠さなくても」
「ちょ、待ってよ、なんでそうなるわけ!?」
「まーまー、照れるなって!」


違う、と叫びたかったけど、
顧問の選手交代のひと言でこの言葉は飲み込むことになった。
バスケのコートに入る瞬間、耳元で友人が囁いた。












「健志くんといるとき、美依、恋してる眸してるよ」












その声はともて小さいはずだったのに、
その言葉はやけにはっきり聞こえて。
しばらく頭から振り払うことができなかった。










*     *     *     *     *










ジャージから制服に着替えて、校門に向かって歩き出す。
いつも一緒に帰ってるメンバーは用事があるとかで、今日は1人。








「美依ー、一緒に帰ろうぜ」








1人道を歩いていると、後ろから声をかけられて振り返る。
まあ、振り返らなくても声で誰かわかるけど。


「健志、まだいたの?」
「なんだよ、一緒に帰ろうと思って待ってたんだろー」
「え、言ってくれれば、早めに引き上げたのに」
「だろ?だから言わなかったの。おれ、優しいっ!」
「あーはいはい。そうですねー」


2人並んで歩きながら言葉遊び。
仲良くなった頃から喧嘩友だちなのは変わらない。
たしかに健志といるのは楽しいけど。






それって、好きってことなの?






友人の言葉が甦ってきて、自然と口を閉ざしていた。
健志のことは嫌いじゃないけど、よくわからない。
もし、ほんとうに好きだとしたら、なにか変わるのかな。
恋してる眸、美依ほんとにしてるのかな。
美依は、このままが、いいんだけどな。
今のままの喧嘩友だちの関係が、楽しいから。


「美依、なんかあった?」
「え、なんで?」
「・・・・いや、べつに」


急に静かになった少女に首をかしげた。
困ったことがあるわけじゃないみたいだけど、やっぱりすこし元気がない。
隣を歩く少女を横目で伺いながら、少年は空を仰いだ。










「・・・・なあ、どっか寄ってかね?」










ゲーセン行きたい。
中学生のようなことを言って、笑う少年に美依は目を見開いた。
言っている言葉は子どもみたいでも、
その笑顔がすごく優しいものだったから。










*     *     *     *     *










健志が優しいなんて、きっと槍が降る。
ゲームセンターに並ぶUFOキャッチャーのぬいぐるみを眺めながら
美依は若干不安になってきた。


「ねえ、なに企んでんの?」
「は?なにも企んでねーよ、寄り道なんて珍しくねーだろ?」
「いや、寄り道のことじゃなくて・・・・」


さっきの優しい笑顔のことだ。
あんなの、心臓に悪いことこのうえない。


「美依、今日も取ってやるよ、どれがいい?」
「このゲーム好きめ。美依もうぬいぐるみ置くとこないよ」
「うそつけ。あ、捨てたら許さんからな!」
「・・・・捨てないけどさあ」


自分で取ったんだから、自分で持ってればいいのに。
いや、でも健志の部屋にぬいぐるみあったら恐いか。
・・・・意外と似合ってたりして。
だってパッと見、女の子だもんなあ。


「こら、美依。今なんか余計なこと考えてただろ?」
「えっ!?ま、まっさかあ〜」
「ほほ〜う。言っとくけど、おれを女扱いしたら殺す」
「・・・・はい」


女扱いされたときの健志はものすごく凄みがあって恐い。
いつもはヘタれのくせに。
呆れたように苦笑して、小さく溜息を吐いた。










「ずっと、このままでいれたらいいのに。」










友人の言った言葉なんかに惑わされないで。
健志は友だち、と心から断言できたあのときに戻りたい。
こんなもやもやした、不安な気持ちなんて、いらない。
迷うなんて、美依らしくない。


「・・・・泣くなよ?」
「な、泣いてないでしょ!あんたの目は節穴かっ!」
「はいはい。すいませんねえ」


心配そうに覗き込んだ少年の表情が
呆れたいつもの表情に変わって、視線を逸らした。
そしてぬいぐるみの入った
UFOキャッチャーの器械と向かい合う。












「どんなに世界が変わっても、おれらは変わらねーよ」












少年の意味深な言葉に、目を見開く。
健志はいつもそうだ。
深くは語ってくれないくせに、一番ほしい言葉をくれる。
そして美依はいつもその言葉に魅せられる。


「心配すんな。おれ、待ってるから」
「待ってるって、なにを?」
「ナイショv」
「はあ!?なによ、それ!」


口にしておきながら、教えてくれないなんて理不尽だ。
不満を隠さず、健志を思いっきり睨み付ける。
しかし少年は気にした様子もなく、
少女の目の前にぬいぐるみを差し出した。










「ほい、元気のない美依ちゃんにプレゼントっ!」










いつも通りの笑顔で差し出されたものを、
おとなしく受け取って、確かめるように抱きしめた。


「ありがとう」
「・・・・やっと笑ったな」
「え?」
「元気ないの、美依らしくねーぞ」


ていうか、気持ち悪い。
そう言って笑う少年に苦笑する。
いつもなら怒って言い返すところだけど。
健志が元気付けてくれてることが嬉しかった。












「美依、ずっと笑ってろよ」












照れたように視線をそらしながら言った彼の言葉が、
胸の中に広がって、暖かくなる。
そっか、健志はいつも優しかったんだ。
美依が気づかなかっただけで。
美依はずっと前から健志のことが好きだったんだ。






あなたと過ごす、すべての時間が。すべての出来事が。
あなたからのプレゼント。

















−end−












あとがき。

ちょっと少女漫画みたいなん書こう、
と思ったのが間違いでした。
私にはムリでしたねー^^;
最後なんか無理やり終わらせたし、なにを伝えたいんだろ、ていう。
初めに考えていたのと大分話が変わってびっくり。
今まで好きになる前の話が多かった気がするので、
相手が好きだということを気づく瞬間を書いてみました。
む、難しい・・・・涙


健志くんは、美依が自分のことを好きだということに
気づいてくれるのを待ってます。
お題に沿ってなくて、ごめんなさい。