そらかげ

01.おひさま。



おひさまの光に照らされて。
ベランダに干された洋服がひらひら揺れる。




そんな午後のお散歩タイム。




空き地のほうから、なにか音が聞こえてきて、
自然と足がそっちに向いた。
そっと空き地を覗き込んだとき、強い風が吹いて。






「あっ!」






青空に、赤い帽子が舞い上がった。
空き地で1人サッカーの練習をしていた少年が声を上げる。
その赤い帽子は少女の足元に静かに落ちた。








「・・・・桐谷?」








帽子の行く先を辿っていた少年が、
空き地を覗き込んで、同じように帽子の行き先を視線で辿っていた
少女を見つけて、おひさまのような暖かい笑みを浮かべた。


「悪い、それおれのなんだ」
「・・・・みたいだね・・・」


空き地にいた少年は彼女の同級生だった。
明るくて、まるでおひさまのように笑う人気者。
足元に落ちた帽子を拾い上げて、
すこし躊躇いながらも空き地に足を踏み入れる。


「桐谷はこんなとこでなにしてんの?」
「買い物してきた帰りなの」
「ふーん。今日天気いいもんな」


少年と向かい合う形で足を止め、帽子を差し出す。
軽く礼を言って受け取った少年は青色が広がる空を見上げた。












「・・・なあ、桐谷。おれ、サッカーの才能ないのかな?」












空を見上げながら、まるで独り言のように呟いた。
いつもの彼からは想像もできない言葉に少女は目を見開いた。
しばらく少年をじっと見つめて、眉を寄せる。


「あ、ごめんな。変なこと言って。困るよな」
「・・・・いいよ、ぜんぜん」
「さんきゅ。そういえばさ、おれ、桐谷とあんま話したことないよな」
「そ、そうだね」
「なんでだろ、おまえもっと喋れよー」


軽く言い飛ばす彼に苦笑する。
無口なわけじゃない。これでも仲間の中ではよく喋るほうだ。
ただ人見知りが激しいだけで。








「高橋くん、もうすぐサッカーの試合でもあるの?」








この空き地の前はよく通る。
だから知っていた。
試合が近くなると彼が1人でサッカーの練習をしていること。
誰にも言ったことはないけど。


「そうなんだ、来週の日曜」
「へえ、頑張ってね?試合出るんでしょ?」
「・・・どうだろ、おれ最近調子悪いからさ」
「出ないの?」
「コーチ次第かな」


そう言って笑った少年はどこか辛そうだった。
その表情が彼には似合わなくて、自然と表情しかめた。










「なにも不安になることなんかないよ」










おひさまのように笑う彼だから。
そんな辛そうな表情してほしくない。


「誰でも調子の悪いときはあるよ」
「え・・・・?」
「だから誰もその人を貶したり、嫌いになったりしないと思う」
「そうかな?」
「そうだよ。辛くても1人で抱え込むから、
みんな高橋くんのこと心配してると思う」


特に仲がいいってわけじゃないのに心配になった。
なら仲間であるチームメイトはもっと心配してるはず。
それがわからないなんて、意外と鈍感なんだな。
なんて思ったら、すこし可笑しくなった。












「あたし、サッカーしてる高橋くん、けっこう好きだよ」












にっこりと微笑んであっさりと言う少女に
少年は驚いて目を見開き、しばらく少女の笑顔を見つめて、
照れたように帽子を深く被り直した。


「さっき言おうと思ったんだけどね、才能とかよくわかんないし」
「・・・あっそう・・・」
「あれ、どうかしたの?」
「桐谷ってさ、人見知りする?」
「うん、激しいよ。なんでわかったの?」
「いや、べつに・・・・」


急に言葉を濁す少年に首をかしげて、少女は空を見上げた。
空はすこし赤みが差してきていて。
冬は日が短いな、と改めて思った。


「あたし、そろそろ帰るね」
「え、もう帰んの?練習付き合えよ」
「なんでよ、邪魔しちゃうし」
「えー、じゃおれも帰ろうかなー」
「・・・・なんで?」
「だって1人になんの寂しくない?」


そんなこと言われると、帰るのが悪い気がしてくるじゃないか。
子どものような彼の言葉に苦笑する。
どちらにしても、今日は帰らないといけない。
家で弟が待ってるだろうから。










「桐谷が笑うとさ、なんか安心するよな」










完璧に甘えられる前に帰ろう、
そう思って荷物を持ち直したとき、彼は爆弾を落とした。


「・・・・はい?」
「あんま笑うなよ?もったいない!」
「なにそれ」
「さっきの仕返し」
「はあ?」
「あとさ、これは前から思ってたんだけど、」


少年も本当に帰るつもりらしく、
サッカーボールを足で蹴り上げ、手に持った。
少年の言葉の続きを待ちながら、
その鮮やかなボールの扱いに感心する。












「桐谷ってさ、おひさまみてーだよな」












本格的に夕日が照りだした空をバックに
少年が悪戯っ子のような笑みを浮かべて言い放ってくれた。


「なにそれ、どういう意味?」
「さあねー?」
「意地悪っ!なんなの!?」
「おれ帰ろっとー、じゃあね〜ん」
「はあ?ちょっと!」


背を向けて歩き出す少年に表情をしかめる。
後ろ手に手を振って、やっぱりサッカーが気になるのか、
リフティングをし始める彼に、肩をすくめた。








「おひさまみたいなのは、そっちじゃない」








まあ、元気になったみたいだし、良しとするかな。
少年の背中に笑みを浮かべて、少女も歩き出す。




日曜日、試合見に行こうかなー。




なんて思った休日の午後。
恋と気づく前の、ささやかな幸せ。