そらかげ

02.背負うもの。



まるで闇のような真っ黒な髪の少年。
彼があたしたちの仲間になったのは、ついこの前のこと。
仲間になっても人と距離を置くような彼の態度が気になって。
あたしは意を決して彼に話しかけた。






「おれに関わるな」






それが彼に言われた初めての言葉。
あたしはその言葉の本当の意味をまったく理解していなかったんだ。
彼の怯えたような眸の理由も。












「あいつは人の心が読めるんだよ」












日も沈んで、空が闇に染まった頃。
お立腹の様子の少女に、サーカス団の団長である青年が声をかけた。
彼女が振り返ると、青年は楽しそうな笑みを浮かべていた。


「・・・・なにそれ」
「だからあ、人間には五感つーもんがあるだろ?」
「視覚とか聴覚とかの?」
「そうそう。それの触覚が異常に発達してんだ、あいつは」
「だから?」


まったくわかっていない少女に、団長・クラウドは苦笑する。
少女はまだ幼く、サーカス団の中でも最年少だ。
クラウドは仕方ない、と本腰を入れて説明する覚悟を決めた。
彼女には是非とも彼と仲良くなってほしかったのだ。
理由はなんとなく、おもしろそうだから。
団長であるクラウドは、そういう本能で生きる人間だった。


「シスカ、手出してみ」
「え?」
「いいから。俺の手、握ってみ?」


口調は柔らかいが、青年の眸は真剣だった。
シスカは躊躇いながらも、差し出された青年の手を取る。












「こうやって手を握っただけで、シスカが今なにを考えてるか、わかるんだ」












ぎゅっと、握り締められて少女の肩がすこし跳ねる。
その眸が不安そうに揺れているのを見て、クラウドは優しく微笑んだ。


「たとえば、嬉しいとか。悲しいとか寂しいとか」
「・・・・それって、」
「ん?」
「すごく、辛いことだよね?」


まるで自分のことみたいに。
辛そうな表情をする彼女にクラウドは笑みを返す。










「ロイドを闇から救い出してやって」










クラウドの言葉に目を見開いた少女は、
それでも、まかせて、というように微笑んだ。










*     *     *     *     *










本当はわからなくてもいいものが
自分の意思に関係なくわかるって、どんな気持ちなんだろう。








「なに、またおまえなの?」








今日はどこの町にも辿り着いていない。
そのため開けた場所にいくつものテントを張り、
そこで寝泊りすることになっている。
しかし彼はどこのテントには入ろうとせず、
立派な樹木の根元に寝転がっていた。


「寝ないの?」
「おれはこっちのほうが落ち着くの」
「ねえ、人の心がわかるって、どんな気持ち?」
「・・・・おまえ、喧嘩売ってんの?」
「え?違うよ!そうじゃなくて・・・・」
「いいよ、わかってる」


クラウドには救ってやれ、と言われたけど。
どうすればいいのか、全然わからない。


「もう遅いぞ、寝ろよ」
「え?」
「おれなんかに構ってないで、ちゃんと寝ろよ」
「・・・・じゃ、一緒に寝る?」
「おまえさ、ばか?」


木の根元に寝転がったまま、寝返りを打つ。
背中を向けられて、シスカは困ったように表情をしかめた。









「1人は、寂しいよ」









少女の言葉に少年の肩がすこし跳ねた。
呆れたように溜息を吐いて、こちらを振り返る。


「じゃ、おまえは心読まれてもいいわけ?」
「え?」
「赤の他人に自分が考えてること読まれて、恐くねーの?」
「・・・・・・」
「関わりたくないって、気味悪いって思うのが当然だろ」
「そんなこと・・・!」
「おまえ疲れる。テント戻れよ」


頑なに拒むロイドに少女は唇を噛む。
たしかに、心を読まれて喜ぶ人間は少ないと思う。
でも、だからって・・・・。










「・・・・なんか違う気がする」










きっと、ロイドは今までずっと人から拒まれてきて。
だから誰かに否定されるくらいなら、自分から離れればいいってなって。
仲間ができた今でも、いや仲間ができたからこそ。






拒まれるのが、恐いんだ。






そんな彼を拒んできた人たちも。
距離を置こうとする彼も、信用されていない自分たちも。
彼の背負ってるものを分け合うことができない自分も。
なにもかも、間違ってる気がする。


「そうやって、ずっと逃げるの?」
「逃げる?おれは誰とも関わりたくないだけ・・・・」
「うっさい!そんなの、全然違う!」
「はあ?違うってなんだよ?」
「そんなの、そんなの全然うれしくない!」
「・・・・はあ?」


今にも泣き出しそうな表情で、怒り出すシスカに
少年は表情をしかめた。











「あたしがロイドとずっと一緒にいてあげるっ!」












突然立ち上がった少女は、寝転がったままの少年の顔を覗き込んで
澄んだまっすぐな笑顔でそう言った。










*     *     *     *     *










テントに灯りが付いていたら
他のテントで寝ている仲間に迷惑が掛かる。
そうは思うものの、本を読むためには灯りが必要で。
クラウドはいつもテントには戻らず、
夜遅くまで馬車の荷台で時を過ごしていた。


「うわ、もうこんな時間か・・・・」


荷台に取り付けてある時計を見て、
青年は目を見開き、読んでいた本を閉じた。








「あれ、なにしてんの?」








荷台から降りてテントに向かって歩いていた途中。
大きな木の根元にいる2人の人影を見つけて固まった。


「よくわかんねー」
「だろうね・・・え、シスカ寝てる?」
「・・・引き取ってくんない?」
「て言われてもね・・・・」


寝転がっている少女は気持ちよさそうに寝息をたてていて。
その隣で珍しく困り顔をしている少年の服の袖を掴んでいた。
その力はとても弱いものだけど。


「その手を振り払うのことはできないよね」
「楽しんでるだろ」
「あ、わかる?いいじゃん、仲良くなったんだ?」
「べつに。」
「照れなくてもいいじゃん」


はやし立てるクラウドにロイドは表情をしかめた。
ほんとによくわからないらしい。










彼の周りには、
彼を気味悪がる人ばかりで。










少女のように彼に歩み寄る人とどう接したらいいのかわからない。
ただ、そういう人は傷つけたくないと思うだけで。
だからこそ、余計に関わらないほうがいいと強く思う。
シスカの気持ちよさそうな寝顔を見つめながら、
不安そうに揺れる少年の眸を見て、青年は優しく微笑んだ。


「シスカは大丈夫」
「え?」
「そう簡単に傷つかないよ。俺も、俺ら仲間もね?」
「・・・・・」
「・・・じゃ、俺寝るよ。おやすみ」
「あ!毛布、持ってきてくれ」


少年の申し出に笑顔で答えてテントに戻る。
これからもきっと少年はいろんなことに戸惑い、躊躇うだろう。








でも、ゆっくりと慣れてくれたらいいと思う。








その隣に、彼の躊躇いを明るく笑い飛ばす少女がいれば、
もっといいと心から思う。
2人分の毛布を取り出して、もと来た道を戻りながら
これから起こるだろうすこし先の未来を思って。
クラウドはすこしだけ笑った。




きっと、明るい未来が待ってるよ。