そらかげ



大きなトンネルを抜けた森の中に、
魔女の住まう檻がある。







そこには近づくな。
近づけば、魂を吸い取られて食い殺されるぞ。







小さい頃からそう言い聞かせられて、
少し真面目な性格だと自負しているだけあって、
今まで近づいたことはなかった。










でも、今ぼくはその檻の前にいる。










ただ現実から逃げたくて。
ひたすらでたらめに走って、気づいたらここにいた。









まるで惹き寄せられるように。









大人たちの言葉を無邪気に信じて、
ずっと恐がっていた場所は、思っていたとおり廃墟と化していて。
見た目は恐かったけど、不思議と心が落ち着いたんだ。













「誰かいるの?」













檻の中から聞こえてきた声に、驚いて飛び上がる。
こんな死んでしまった場所に、誰かいるなんて思わなかった。


「え、誰?」
「わたしのこと、殺しに来たの?」


淡々と言う声に眉をひそめる。
殺しに来たって、なにを言っているんだろう。
ちょっとした好奇心に駆られて、
今にも崩れそうな建物の中を覗き込んだ。







「・・うそ」







魔女だ、と教えられたそれは、
自分と同じ年くらいの、女の子だった。


「ちょ、大丈夫!?い、いま出してあげるからね!!」
「え・・・?」


周りに落ちている瓦礫を拾って、錆付いた鉄格子に叩きつける。
力にも体力にも自信なんてなかったけど、
古いだけあって、その戒めはあっさり壊れてくれた。












「ほら、なにしてるの!?おいでよ」












子供が1人が通れるくらいの隙間から、手を伸ばして。
奥のほうで縮こまっている少女に手を差し出した。
何年も手入れをしていない、薄汚れたワンピースに身を包み、
伸び放題に伸びた銀色の長い髪。
その髪の奥に、赤色に輝く大きな瞳を見たとき。






直感した。






このコとぼくは違う人種なのだ、と。
人間では有り得るはずのない、赤い眸をしていたから。


「・・・・・」
「おいで。ぼくはきみを苛めたりしないよ」


本当は、関わってはいけないと警告を発していた。
このコを外に出してはいけない、と。
取り返しの付かないことに、
それこそ命を懸けなければならないようなことに巻き込まれる。







そう、身体全体が警告を発していた。







でも、何故か伸ばした手を引き戻すことはなかった。
まっすぐと、彼女が恐がることのないように。
できるだけ優しい眸を、彼女に向けていた。


「後悔するわよ」
「かもね。でも、それでもいいかな、って」


ぼくは現実から逃げてきた。
非現実な少女の運命に巻き込まれてもいいかもしれない。
苦笑を浮かべて手を差し出し続ける彼に、
少女は恐る恐る、手を伸ばした。












「あなたは、優しいのね」












そっと、ぼくの手を取った彼女の言葉に。
どうしてだか、無性に泣きたくなった。


「甘いって、よく苛められるよ」
「そうかもしれない。でも、わたしは好きよ」
「・・・あ、ありがと」


否定でもお世辞でもない言葉に、心が温まった。
檻から這い出て、太陽の光に当たった彼女を見たとき。








なにか大切なものを手に入れたような。








そんな充実感を感じた。
大変なことに巻き込まれると確信しながら、不思議と後悔はしなかった。


「ねえ、きみ名前はなんていうの?」
「・・・カヤ」


埃のまみれのカヤに苦笑を浮かべて。
頭をなでて、髪だけでも埃を払ってやる。










「ぼくはね、ラルクっていうんだ。ね、カヤ」










これはただの気まぐれ。
もしかしたら、ただの現実逃避なのかもしれない。
少女の赤い眸を見つめて、
素直に見つめ返してくる少女に
なぜだか、安心した。














「ぼくと一緒に旅に出ない?」














ラルクの申し出に、カヤは目を見開いた。
少しだけ、悲しそうに顔をしかめて、ゆっくりと頷いた。


「・・・後悔するわよ」
「しないよ。ぜったい。誓ってもいいよ?」
「そんなの、誓ってもらわなくてもいいわ」


これはただの気まぐれ。ただの思いつき。
もしかしたら、ただの現実逃避かもしれない。





それでもぼくは。





魔女と呼ばれ、
世界から切り捨てられた彼女と旅に出る。